「地名になってる大学は早稲田だけなんだ。だから俺たちは早稲田って町ごと愛してるんだ。」
角打ちのカウンターで知り合った早大のOBが、門外漢の私たちを優しく迎え入れ、熱く語った。そんな人情と繋がりに溢れた場所がある。西早稲田に戦前からある、もちだ酒店。地域住民、早大生やOBの憩いの場となっていたが、高齢化などの問題を抱え閉店の危機を迎えていた。そんな時、早稲田大学OBで元アルバイトの清武氏が、お世話になった場所を残すためにと、奥の倉庫の部分を改装し居酒屋にしようと考えた。縁あって私たちと繋がり、設計を請け負うことになった。
計画を進める過程で、酒屋も小規模のスペースで継続することが決まり、日中は酒屋、夜は居酒屋として営業できるよう手前と奥にスペースを分けるプランにし「居酒屋もちだ」をスタートさせた。早稲田カラーの壁面に、立ち飲みのカウンター。赤提灯にビール瓶のペンダントライト。もちだ酒店の築いた歴史と、清武氏の人望が相まって、多くの人で賑わう新しい憩いの場所となっていた。
本稿執筆担当の中山は、居酒屋もちだ1周年に際する第2期工事から関わることになった。私にとって流動商店としての初仕事であった。今思えば、もちだで飲みながら打合せをする時間が、当時ふらふらしていた私と流動商店を結びつけてくれた。建築言語だけではで語れない、長く深いストーリーをもつ空間。居心地がよく、人と事が場所を介して巻き込まれ、繋がっていくのを肌で感じることができた。私は今回の改装が、ストーリー上の数ページとなるような、全体の物語の続きを綴るようなものになるよう設計をはじめた。
改装の要件は①客席の拡張、②床工事、③収納増設であった。それぞれについて個別に解を出し、それらが相互に補完し合うよう考えた。
①客席の拡張
客席数が足りなくなることがあり、酒屋が閉まる18時以降はそっち側に客席を拡張したいという要望から、時間帯よって出し入れできる流動的な客席を考え始めた。その中で、「浦和のみ」という電柱に100均の箱をくくりつけ、それを天板として立飲みをするというジャンキーな飲み方を知った。なんて流動的なんだと思い、浦和飲みから着想を得て客席を設計した。
酒屋の流通に欠かせない酒瓶ケースを土台に利用し、それに接続できる天板ユニットを制作した。230mm四方の小さい天板に、ホッピー箱の底面の穴に着脱可能な接合部を制作した。4枚で1つのテーブルとなり、天板だけ外して移動可能である。また、箱を重ねる段数によって座り呑み立ち呑みと高さを変えられる。ケースは返却することで店舗に残す量を調節でき、すべて返却すれば客席を空にもできる。軽く流通にのっているホッピー箱を利用することで、人とものが流動する客席が実現した。
②床工事
設計と同時期、西早稲田にある松の湯という銭湯が、コロナ渦の影響を受けて70年の歴史に幕を閉じた。早稲田の人々を長らく温めてきた松の湯は、解体後はアパートになるという話だった。どうにか松の湯の記憶を店内に残せないかということで、屋根瓦の再利用を考えた。什器に利用するには質量があり、施工が難しく、解体中にヒビや割れが生じるのでそのまま使うのは避けたい。そこで、瓦を粉砕して床に使えないかと考えた。モルタルに混ぜて洗い出そうかなど方法を考えていた時、翔飛工業の「エコ瓦コート」という技術に出会った。粉砕した瓦を接着剤と共に吹付塗装し、表面をコーティングするというもので、主に外構で使われ、新国立競技場などで施工実績があった。今回は内装であるが、浦和のみやホッピーケースの利用など、外呑みの要素からデザインしているため、外のような床はコンセプトに適していた。松の湯の解体現場から瓦をもらい、被災した熊本城の黒い瓦と混ぜながら色味を調整し、早稲田カラーに仕上げた。細かい粒子上の表面はグリップが効き、ホッピー箱の転倒防止にもなっている。
③収納増設
もちだは「学生用キープボトル」という早稲田OBが後輩達のために買い置きする焼酎ボトルが人気だ。そのため大量のキープボトルを分かりやすく安全に保存する必要がある。瓶のサイズと在庫量から最適な収納量を計算し、ロープで落下防止した収納を、自由にピックアップができる客席側に設置することにした。収まりはシンプルなものにして、早稲田の学生たちとワークショップで制作した。
収納の1つを利用し、焼酎蛇口を制作した。蛇口のボタンを押すと金宮焼酎が適量出るようになっている。背面の壁はタイルと鏡で仕上げ、疑似銭湯になっている。松の湯ゾーンと名付け、松の湯で使われていたマッサージチェアや瓦が置かれている。今では焼酎蛇口はもちだの名物となっている。銭湯ファンが来店することもあるそうだ。
以上で居酒屋もちだ2期工事を終えた。
先述の通り、私にとって流動商店での初仕事。流動という言葉を意識し、「人,もの,こと」をいかに流動させられるか、ネットワークを構築できるかが自分の中の課題であった。その点、もちだは既に流動的であったかもしれない。この先も徐々に更新を重ねながら、居酒屋もちだは早稲田の街に賑わいを届けてくれるだろう。このプロジェクトに携われたことを本当にうれしく思う。
date | 2019.10, 2020.12 |
client | 居酒屋もちだ Izakaya Mochida |
location | 東京都新宿区 Shinjuku, Tokyo |